冊.15 号.2夏 2008 
巨匠
国璽に 魂と哲学を込めた匠人たち
チョン・ジンキ(千鎭基、国立民俗博物館 民俗研究課長)
ソ・ホンガン(徐憲康、写真家)
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国璽は一つの工芸技術だけで出来上がるのではなく、いろいろな工芸技術が調和を図りながらようやく完成するものだ。印鈕と呼ばれる手の部分には金属工芸、印章には書道と篆刻の技術がそれぞれ必要だ。ミン・ホンギュは玉璽篆刻匠として大韓民国で四代目の国璽の制作を総指揮した匠人だ。
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大韓民国の新しい国璽
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国璽はその国を代表する印章であるだけに、他の工芸作品のように美的価値のみに注力するわけにはいかない。大韓民国の権威とそのアイデンティティーを象徴するだけの美しさを具現すると同時に、そこには哲学も込められていなければならない。国家を象徴する精神と伝統、哲学が溶け込みようやく国の印章としての権威と品格を備えることができる。
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「手の部分は印文の縦、横の規格と同じく高さ99ミリです。太平盛世を意味する吉鳥の鳳凰が雲の上に舞い降り、今まさに座ろうとする瞬間を表現しました。特に力強い二本の足を強調して躍動感を出すようにしました。」
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鳳凰の尾羽はもともと二枚で、一つは下から上に伸びており、もう一つは下に向かいすぼまっている。その羽はさらに小さな尾羽を抱いているが 、二つの羽の間の小さな尾羽は国民、すなわち鳳凰という太平盛世を象徴する鳥が大韓民国の国民をその胸に抱きかかえている姿を具現化したものだ。
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「国で作り使う品物には素朴で古拙な味よりは文化の力量を思う存分発揮した華麗で力動感あふれるものが似合います。力強く偉大に見えるように、国璽としての品格を備えるようにするのに苦労しました。印文の大韓民国の字は直線の動きの中に微細な屈曲があり、躍動感が感じられるようにしました。特に上の部分に比べて下の部分に太く荘重な味わいが感じられます」
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ミン・ホンギュの説明のように国璽は装飾と形成、印文、そのすべてが国璽の持つ精神的な価値を表現していなければならない。美しいだけでなく、そこからさらに一歩踏み込んだ哲学と精神がなければならないということだ。これがミン・ホンギュが大韓民国の四代目の国璽を作る際に固執した大原則だった。
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国璽の意味
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王朝時代には国璽を主に玉璽と呼んでいた。玉璽は王と国家の最高の象徴だ。大韓民国で国璽という名称を使用したのは高麗時代(918~1392)の恭愍王(在位1351~1374)の時からだ。朝鮮時代(1392~1910)に王家の象徴のように伝えられてきた玉璽は、それを持つ者に国王としての正当性が認められたため、一国の最高統治者としての権限を行使する特権の象徴であった。玉璽は一国の王権を象徴する王の印章だ。王だけが使用できる玉璽なので、玉璽は自然と王権を象徴する宝物となった。反乱や戦乱の際には玉璽を所持しているかどうかが王権維持の最も重要なポイントであった。玉璽は王朝の権威とアイデンティティーを保証する最も確実で強力な証拠だったわけだ。
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朝鮮時代、玉璽は王権の象徴であるとともに行政機関の書類決済方式でもあった。王が開く各種国家行事や宴会でも玉璽は必ず登場した。王を象徴する玉璽が押された文書はまさに王の権威と命令をあらわした。また玉璽は対外的に朝鮮という国家を代表するシンボルでもあった。玉璽がもっとも頻繁に使用されたのは外交使節がやってきた時で、外交文書に王の信標として使用された。王位継承時には伝国の印として伝授された。また王がどこかに出かける時にはその威厳を示すために行列の一番前を飾った。
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大韓民国の国璽の歴史
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国璽は時代と用途に従いいろいろな種類があったが、主に中国との外交文書で使用される国印と国内用の御宝に大別された。1894年、甲午更張(1894年7月から1896年2月まで開化派内閣により推進された近代的な制度改革)以前までの国印は大部分中国の歴代王朝の皇帝が朝鮮に送ってきたもので、その他の御宝は国内で製作されて使用されていた。1894年の甲午更張後からは中国との事大関係を終息させたため、朝鮮独自の国璽を製作し始めた。1897年大韓帝国(1897.10~1910.8.22)が樹立されると本格的な国璽製作が始まる。
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大韓民国が建国された翌年の1949年5月に新しく国璽が作られた。その大きさは四方およそ66センチの正方形で漢字篆書で「大韓民国之璽」と彫られていた。二代目の国璽は1962年に国璽規定を改定し、四方7センチの正方形の印鑑にハングル篆書体で「(대한민국(大韓民国)」の四文字を横に彫り、長寿を象徴する亀の形の手がつけられた。これが1998年末まで使用されてきたが、国家としての象徴性が足りないと指摘され、また、一部の文字が磨耗したこともあり 1999年1月26日三代目の国璽が製作された。三代目の国璽は字体が訓民正音体に変わり印鈕は聖君を象徴する鳳凰の形となった。
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しかし2005年にこの三代目の国璽からも亀裂がみつかり、政府は新しい国璽を製作するための国璽製作諮問委員会を構成した。諮問委員会では国民世論にのっとり、国璽の活字体(印文)は訓民正音体、国璽の手の部分(印鈕)は鳳凰にすることを決定し、各部分の製作匠人の公募に取りかかった。驚いたことに印文と印鈕の二つの部分ともにミン・ホンギュの作品が選定され、さらに彼は伝統的な方式で国璽を製作する国璽製作団の総括責任者の重責を負うことになった。
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国璽に込められた匠人の魂と情熱
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国璽作りの全工程は朝鮮宮中の総合芸術だ。書道、絵画、彫刻、篆刻、金属工芸、東洋哲学などが網羅された伝統芸術の宝庫といえる。第四代国璽の製作にはミン・ホンギュを総括責任者にして28人の当代最高の匠人が集まった。国璽の製作はミン・ホンギュと補助3人で行い、国璽儀装品16種類は重要無形文化財技能保有者9人を含めた当代最高の匠人25人が分担し製作した。
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国璽の製作技術は玉璽篆刻匠の伝承者に「栄璽専」という口伝秘法によって受け継がれてきた。王権を象徴する総合芸術品の国璽を作る匠人は数年から数十年に及ぶ厳しい徒弟制度の下で修行し、ようやく一人前の匠となる。ミン・ホンギュは「国璽は蝋に彫刻をした後、泥をつけて焼き鋳型をつくり、その中に金色の塗料を流し込んで作る」と簡単に説明するが、そこには数多くの秘伝的な技術が含まれている。
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昔も今も国璽製作は一年を通して丹念に進めなければならない手間のかかる大変な作業だ。春に良質の土を求めて、鋳型作りに使う土を準備する。夏には印鑑の字である印文を整え、国璽の印鈕の形状を描く。秋になると蝋で印文と印鈕を彫刻して模型を作る。蝋の模型の上に春に作った土を何層にも重ねて鋳型を作る。秋から初冬にかけては鋳型を乾かす。本格的な冬になるとようやく窯に入れて鋳型を焼き蝋を溶かして、その中に金色の塗料を溶かし入れて国璽を作る。今回の第四代目の国璽製作に用いられた金だけでも価格にして2億5千万ウォン(日本円にしておよそ2500万円)に達する。
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1998年韓国科学技術研究院(KAIST)に依頼して作った三代目の国璽は尖端製作方式で作られたが、完成段階ですでに国璽に微細なひびが入り、字体も完全な直立ではなかったので磨耗するほど、字の面積が広がっていった。これについてミン・ホンギュは「現代的な技法では金を溶かした塗料が均等に型の中に浸透していかないうえに、この過程で多くの気泡が生じてしまいそれが国璽の亀裂を招くことになる」と指摘し、このような短所は伝統的な技術と方式を使えば克服できると自信を見せた。蝋作り、彫刻と篆刻、耐火力と結束力の強い五合土(全国から採取した五種類の土)蝋の製作、印鈕の部分の彫刻および字体の篆刻、鋳型の制作、五つの金属で作った母合金、大王窯の神秘な構造、構成成分の違う印鈕と印文の金接合のような全ての過程に隠された秘儀をすべて知っていてようやく一人前の玉璽篆刻匠になるのである。ミン・ホンギュはこのような一連の過程を一部の誤差も無く、少しの躊躇もなしに推進し大韓民国の国璽を完成させた。
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16の儀装品と、その匠人たち
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国璽は金で作られた印鑑とともに16の儀装品で構成されている。国璽にたらすメデゥプ(組紐)、国璽を包むポジャキ(風呂敷)、ポジャキを縛る紐、国璽を入れて保管する函、国璽を乗せておく台、台の上に敷く布、鍵など16種類の儀装品が全部そろってはじめて完全な国璽となる。この16の儀装品は直接国璽を装飾するものでもあるが、国璽を捺印する際や、持ち運ぶ時、保管する時に国璽の品位を高める役割を果たす。これら儀装品は一人の匠人の手で誕生したものではない。それぞれの分野で最高の技を誇る匠人たちが心を込めて技術の粋を尽くして作られたものだ。
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国璽を捺印する際に誤って落とすのを防ぐために手にかけるメデゥプは、生涯をメデゥプの製作と研究に捧げた重要無形文化財第22号のメデゥプ匠のキム・ヒジンさんが担当した。金属で作られた国璽にメデゥプが加わることで強靭な国璽の威厳に美しい曲線に柔軟性が加わり完全な国璽の装いとなった。
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国璽を入れて保管する2個の函と国璽を持ち運ぶ際に使用する函は、製作過程別に最高の匠人が力を合わせて作った合作品だ。木製の骨を組み、漆を塗り、装飾をする数々の過程を分担した匠人たちの技と労苦が国璽の品位と威厳を高めている。現代の最高の名匠、重要無形文化財の保持者たちが魂を込めて芸術的な美しさをもった函を完成させた。
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王道政治の終焉と共に中国と日本では国璽製作の伝統が完全に途絶えてしまった。西洋では東洋圏の国璽とは違った押印の形態で「国の印鑑」を使用している。したがって大韓民国は世界で唯一の国璽製作技法を備えた国であり、その中心には玉璽篆刻匠ミン・ホンギュとその儀装品を製作した匠人たちがいる。彼らがその情熱と真心を込めて作った大韓民国の四代目の国璽には600年間受け継がれてきた伝統と技術だけでなく、匠人たちの人生そのものが込められている。
 
 
 
     
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